中四国地区協議会のとりくみ


















2017年のとりくみ


11月23日に牧師会を開きました。皆さん笑顔です。


牧師会は賛美からはじまり賛美で終わりました。




2016年のとりくみ





2015年のとりくみ

 

    
   【 この報告作品は岡山中央キリスト教会の小森早苗姉の作品です】
      
    
 【中国聖会の写真と動画による紹介です】
             
     
             

                          
         

       https://www.youtube.com/embed/9Vl90-2iAbY
      
★上記のURLをクリックすると聖歌隊の讃美を動画で見て聞くことが出来ます★ 
                           
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2012年のとりくみ


中国聖会の報告


今回の講師 小野淳子先生

                  第31回中国聖会の報告

               江尾キリスト教会 稲田敏朗

 去る4月29日、30日の両日。日本イエス・キリスト教団高松新生教会小野淳子先生をお迎えして「第31回中国聖会」が岡山中央キリスト教会で開かれました。今年の聖会は過去30年の歴史の中でも女性の先生を特別講師としてお招きした初めての聖会となりました。
 聖会は先生の救いのお証しから始まり「認罪」と「新生」の鮮やかな神体験が包み隠さず語られ、その体験は『わたしが迎えた人生最良の日』にも詳しく記されていました。
 中心聖句は「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにわたしたちのあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。」「第一ヨハネ」4章10節 の御言葉でした。
 早天祈祷会では戸叶誠先生が「ルツ記」1章からナオミがユダの地ベツレヘムを去ったのは間違いだった、という人がいます。然し、神様に間違いはないのです。悲しみと苦しみの中を通ったナオミに、ルツは、16節「あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神です。」と信仰告白をするのです。やがてルツの系図から、ダビデ王が、更には救い主イエス・キリスト様が誕生なさるのです。と語って下さいました。
 第二聖会は『聖め』の恵について語ってくださいました。「新生」の体験を経て、やがて先生は献身なさり、神学校に学びながらも、なお「私、私が」という醜い自我との激しい闘いがあり、容易に「己に死ぬ」ことが出来なかった。と仰るのです。然し、ある日、澤村五郎先生の案内で、女子寮を訪れてくださった、かのマーベル・フランシス先生の若き日のお証しの中に、先生は同質の苦悩を見出されたそうです。そして、遂に、求め続けた「ガラテヤ」2章19,20節の「わたしはキリストとと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。」の御言葉が成就したのです。と語って下さいました。
 


     笑顔で「生きるはキリスト」と語る小野先生

最後の聖会では、「ピリピ書」1章6節の「そして、あなたがたのうちに良いわざが始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成してくださるにちがいないと、確信している。」との御言葉が開かれました。「新生」、「聖化」と順次語られてきた聖会も、いよいよ「再臨」のメッセージに移りました。イエス様のご再臨は、御言葉のお約束通り必ず訪れるのです。
ですから、「ピリピ書」1章20節、21節「生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストがあがめられることである。・・・・生きることはキリストであり、死ぬことは益である。」と語って下さいました。
 そして、小野先生のご希望で聖会の終わりに、新聖歌227番が追加されました。そこには「キリストの愛、我に迫れば、わが命君にささげて、ひたすらに主のために生く」とあります。正に小野先生の生き様を写し取ったような讃美でした。

            文責・江尾キリスト教会 稲田敏朗
 


合同聖歌隊のみなさん。歌声が聞こえてきますね。


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